Nextcloud Conference 2018 (2)

さて、前回ご紹介したようにここには全世界からNextcloudの開発に携わっている技術者が集まっています。先ほどエレベーターで一緒になった技術者はベルギーから来ていました。スイスやオーストリア、地元ドイツも各地から参加しています。昨日は米国から来た私に少し似ているある意味「少しいっちゃっている」技術者とも楽しく数時間話をしました。そういえばケニヤや南アフリカからの参加者もいました。

このNextcloud Conferenceの凄いところは、経済的な理由で旅費が出せない場合はNextcloud社が費用の8割まで負担するという点です。そしてランチも無料です!

カフェテリアで食事
カフェテリアで食事

さて、前回書いたようにこの会合は以前カーリチェック氏の事務所にたむろする技術者のために開催することになったというころです。ということで当然、会場の雰囲気はたむろに近いです。

今私の隣にいるドイツ人二人はルールを破ってドイツ語で話をしていますが、公用語は英語に限られています。そしてほぼ全員、このルールを守っています。しかしほとんどは無言で、黙々と開発をしています。

昨日隣に座った技術者はすぐ前に座っていた別の技術者とチャットでコミュニケーションをとっていました。しかし一方、フランス人の技術者はよくしゃべる!彼は技術以外のことも含めて交流が目当てでここに来ているようです。ちなみに彼は非常に重要な新機能をNextcloudに実装し、土日に発表をするようです。

今回私が Nextcloud Conferenceに参加することを決めた理由は彼らがどのような理由で参加し、どのようにここでの時間を過ごすかを知りたかったからです。もちろん他にも理由はたくさんありますが・・・

次回は土曜日に発表される予定の私も関係している重大発表について書きます。

Nextcloud Conference 2018 (1)

Waffle Cell v2 でも簡単にインストールしてすぐに利用できるNextcloudは、Dropbox を凌駕する優れものです。これを使うとブラウザや専用アプリを使い様々なデータを各デバイス(PC、タブレット、スマホ)間で共有できます。さらにテレビ会議などが統合されたことで企業における情報一元管理システムとしての高い能力が証明されています。例えばドイツ連邦政府でも2018年春に採用が決まり、日本でも京都大学がこのNextcloudを全学で利用しています。

自分のデータは自分の管理下に置くという、当たり前のことができるようになるのがこのNextcloudなのです。開発者でNextcloud社のCEOでもあるフランク・カーリチェック氏は

プライバシーは民主主義の根幹である
Privacy is the foundation of democracy

という簡素な言葉でデータの自己管理の重要性を述べています。

データを自己管理することはデータを自分の責任で保管することで、これはすなわち私が取り組んでいるWaffle Cellの分散にほかなりません。2018年の春、このことをカーリチェック氏に伝えたところ、Waffle Cell v2の発表会にわざわざドイツより来日いただき、講演もしていただきました。上の写真はそのときのものです。

さて、このNextcloudはWaffle Cellのユーザーは簡単にインストールしてすぐに使えるようになるだけではありません。無料なのです。なぜ無料なのか・・・それは世界中の優秀なプログラマたちのボランティア精神があるからです。彼らはカーリチェック氏の考えに賛同し、Nextcloud の発展に貢献しています。

カーリチェック氏によれば当初これらのプログラマが彼の事務所に集うようになったのだそうです。そしてその人数がどんどんと増えてきたので、毎年夏にドイツで1週間缶詰になり、オンラインではなく面と向かって問題解決や新規機能の作業に当たっています。この伝統は前身のownCloudから続いているということです。

今年のこの集い、Nextcloud Conference 2018 はベルリンにあるベルリン工科大学・数学科で行われています。この大学は旧西ベルリン地区にあり、3万人弱の学生を抱えていて、ロケットの父、フォン・ブラウン博士や理論物理学で大きな功績を残したヴィグナー博士の出身校でもあります。ちなみにヴィグナー博士は一般にはあまり知られていませんが、評価としてはアインシュタイン博士と変わらぬ頭脳を有する一人ともいわれています。

もう一人有名な人もこの大学を卒業しています。巨大企業シーメンスの創業者のジーメンス氏がその人です。会場となった数学科の前には彼の銅像がたっています。

ジーメンス
ジーメンス

そして会場となっている建物の正面です。

ベルリン工科大学
ベルリン工科大学

そういうわけでこの集いにはアジアから唯一の参加者として私も5日間ここベルリンに滞在中です。

次回は中での様子を中心に報告します。

協力殺菌・脇の下

生ごみが臭くなるのも、足が臭くなるのも、理由は同じです。雑菌です。雑菌が繁殖して悪臭を放つのです。それには条件がいくつか必要です。

  1. 適度な水分
  2. 雑菌の存在
  3. ある程度の栄養
  4. そして適度な温度

生ごみも足も上の条件を備えています。どれか一つでもかけると雑菌は増えずに匂いも抑えられます。

以前足の匂いをイソジンで消す話を書きました。実は春頃足の匂いが気になり、毎年その頃一度消毒します。足の匂いの原因となる雑菌は石鹸では落としきれないらしく、ゴシゴシと洗ってもダメです。そこでイソジンなのです。イソジンは粘膜に優しいだけでなく、強力な殺菌作用があります。今はどうかわかりませんが、日本の病院では外科を中心に広く使われていました。

※ ただし着色には注意で、これが欠点でもあります。

そこで今度は脇の下の匂いを消す実験をしました。簡単です。脱脂綿にイソジンを含ませて脇の下に塗るだけです。そしてその結果は・・・足と同様、少なくとも本人が気になるような匂いは消えました。

足と同様長続きがするかどうか、この夏、楽しみです。

プレゼン能力

わけあって有名人のプレゼンビデオを見ていました。有名どころはジョブズで、その洗練したスタイルは絶賛されています。そしてスタートアップ企業(新規に事業をはじめた会社)も資金調達をするためにジョブズをお手本としてアピールすることにエネルギーを使います。

一方スティーブ・バルマーはマイクロソフト社の共同創業者で、最近までCEOを務めた人です。彼のプレゼンはジョブズの対極です。

結局は「中身」が重要だということです。人の真似をする時点でそれはもうスタートアップとしてはよろしくない方向へ進んでいると思ってしまいます。

教科書の思い出

今月28日に行う「面白、可笑しく 自宅サーバー入門(講習会)」の教科書が完成しました。完全オリジナルです。

そういえば教科書作成には思い出があります。今よりも少しだけ若かった頃、私はある予備校でアルバイトをはじめることになりました。その予備校は「教科書は講師が作るべし」というルールがあり、物理主任(他に物理の講師はいなかった)私は2月上旬までに新学期用の教科書を作る必要がありました。

信じられないでしょうが当時はワープロ(専用機です)を持っていなかったので、手書きで作ることになりました。ところが私は誰もが認める悪筆です。自分で書いた文章も読めないことがあるほどの悪筆です。しかし教科書を仕上げなければなりません。

母からは「他人様が思っているよりも悪筆ではない。自信を持って書きなさい。」と今思うと意味不明なことを言われました。そして史上最悪の、じっくり時間を掛けないと生徒が読めない教科書が完成しました。

そこで私は一大決心をします。パソコンの購入です。本体、ディスプレイ、プリンタ(当時としては珍しいカラー)、そしてワープロソフト「松(128,000円)」を60階分割で購入したのです。合計100万円。よく「6万円で専用ワープロが変えるのに、どうしてパソコンなの?」と聞かれたものです。(*)

毎月17,700円ずつの返済・・・・そこで思ったのです。

このPCでソフトを作って稼げばいいのだ!

そういうわけで今日の私があるのであります。

(*)なぜ専用ワープロでなかったのかは、別の機会に書きます。

街を歩くといろいろある

スマホ用のソフトケースがボロボロになったので100円ショップ巡りをしました。地下鉄にのらずに運動がてらテクテクと歩いてみると、面白いことに遭遇します。

たまに行く、中華料理店の前では若い店員さんと初老の経営者が外で痴話げんかをしているではないですか。店の中には奥様がいるのに。ゴシップは好きではないですが、聞き入ってしまった私です。いつもは「天下国家を語ろう」と言っている自分が恥ずかしいです。

そして駅の近くでは老齢のご婦人が野良猫に餌をあげていました。ところが次の駅に歩いていくと、先ほどのご婦人が別の野良猫に餌を与えていました。地下鉄を使って複数箇所で野良猫に餌を与えているのでしょう。近所の人たちとしてはあまりいいことではないとは思いますが、猫に感謝され、頼られているご婦人を見ると、年を取るという事の寂しさを感じ取ってしまいます。

そういうわけで数件の100円ショップにいったのですが、スマホのソフトケースは見つかりませんでした。

町会費の集金

いつも町内の皆様にご迷惑ばかりをかけている私が、今年班長となり早速町会費の集金を行うことになりました。しかし帰宅が遅い私、昨年の班長には集金時に自宅にいなくて何度も足を運んでいただきました。

ということで集金には時間がかかると予測し、以下のようなメモを集金前日に各家庭のポストに入れました。

明日、XX日の19時前後に町会費1800円を集金に参ります。ご都合の悪い場合は、XX丁目XX番のYYのポストにご都合のよろしい日時をメモ書きし投函をお願いします。

そして本番当日、町内をまわりました。するとどうでしょうか・・・

あるお宅で集金をしていると、隣の方が出てきてくれたり、さらには玄関の外で出迎えてくれたりと、実にすべてがスムースに進みました。ある奥様からは

集金で苦労したので、次回はこの方法を使うわ♪

そしてほとんどの皆様が現金を封筒に入れ、準備万端でした。

早速会社でこの自慢をしたのですが、誰もちゃんと話を聞いてくれませんでした。やはり持つべきは優しき隣人です。

測定好きかもしれない

先日科学関連記事を読んでいたらこういうこういうことが書いてありました。

摂取カロリーを減らすと睡眠時の代謝が減り、体温が有意に下がり、眠りは深くなる。結果として長生きする。
New Scientist

そこですぐに私は「目覚めた直後の体温は平均で35.1度だから・・・・」と考えました。そう、私は最近の自分の平均体温をちゃんと知っています。それだけではなく、朝晩のそれぞれを知っているのです。

体重もそうです。特にダイエットをしているわけでもなく、太りすぎているわけでもないですが、体重計に乗り数字を読むのが好きです。もちろんそれだけではないです。会社で朝一番にすることは湿度の確認です。

散歩をしているときに、はじめて渡る歩道橋があると事前に「この長さならば33歩に違いない」と事前に考え、実際に測定します。

思い起こせばノギスの使い方は小学校に上がるころには知っていました。マイクロメーターもそうです。自宅にはそれらがあり、遊び道具の一つでした。小学生になったばかりの私は既に「ミツトヨ」というブランドを知っていたほどです。

しかし物理に興味を持ったときに実験物理選択という考えはなく、さらに中学卒業以来正式な実験の授業を取ったこともありません。(注意1:高校に進学出来なかったため、高校の各種実験の経験がない。注意2:その後大学には進学したが、いろいろと工夫と努力と、人間関係を駆使し実験がある授業は一つも取らなかった。注意3:しかし図々しくも実験を教えたことはある。)

測定好きなのか、何かに取り憑かれているのか。そして今日もきっと何かを測定することでしょう。


追記 子供の頃父から「ノギスのデプス(段差測定用のしっぽ)はお父さんのお祖父さん(私の曽祖父)の発明なんだよ。でも商売はうまく行かず、売れ残りのノギスがたくさん倉庫にあったのをなんとなく覚えている。」と聞かされていました。先程Wikipediaを読んでいたらこの特許はミツトヨ(創業1934年)が取ったと書かれています。私の祖父は1898年生まれ、その親ですから多分1870年前後の生まれ。時期的にはどちらも可能性があります。しかし「新規性」は特許要件の一つです。はたして事実はどうなのでしょうか。ちなみに曽祖父はネジ切り名人だったらしく、また性格もネジのようにネジ曲がっていたと聞きました。

革命と年齢?

先日Youtubeでフリーマンダイソンというイギリス生まれの物理学者の回想録を見ていたら、面白い話が出てきました。タイトルは「古い理論で説明できることをオッペンハイマーに説得」というものです。ちなみにオッペンハイマーは原爆開発のリーダーを務めた物理学者で、理論物理でも様々な功績を残した人です。

さて少し背景を書きます。

1920年初頭、物理学の世界では大きな革命が起きました。当時古い理論では説明できない現象が多数見つかり、理論物理学者たちはその解決方法を探していました。そして革命がおこります。「量子力学」の発見です。この理論はそれまでの常識からかけ離れた内容で、当時多くの物理学者は理解でなかったそうです。

発見の中心人物は少年物理学者と呼ばれていた若い人たちでした。例えばパウリやハイゼンベルクは20歳代前半でした。一方当時50歳近かったアインシュタインはこの理論に最期まで抵抗していました。

そして20数年後の1947年、「ラムシフト」と呼ばれる量子力学(場の量子論)では説明できない実験が現れました。この時の中心人物もやはり若い人たちでした。例えばシュウィンガーとファインマンはともに29歳です。フリーマンダイソンは24歳。

彼らの発見した理論を一言でいうと、量子力学バージョン2です。彼らは1920年台に発見された理論に修正を加える手法を取りました。一方、パウリ、ハイゼンベルク、ボルン(オリビア・ニュートン・ジョンのお祖父さん)、オッペンハイマー、湯川秀樹、ボーアなど1920年台の革命を経験していた物理学者はより大きな、そして根本的な修正が必要だと思っていました。自分たちが目撃した革命、もう一度です。

その後の評価は、若者たちの手で行われた理論の修正が正しく、当時中年だった物理学者が提案した「革命的な理論」はことごとく否定されたのです。

1920年台とは逆のことが起こったわけです。(若者が勝った点は別として)

ここまで書くと中年世代はがっかりするはずです。しかし何事にも例外があります。そう、日本の物理学者、朝永振一郎博士です。当時彼は40歳を過ぎていて、それまで大きな功績をあげていませんでした。(当時も今も40歳を過ぎるまで業績のない理論物理学者は業績を上げる可能性がない、と思われています)しかし中年物理学者であった彼はこの理論の発展に大きな業績を残しました。

それだけではありません。さらに凄いのは世界で唯一、戦時中、それも新しい理論発見のきっかけとなったラムシフトの実験が現れる前に、シュウィンガーよりもより洗練された理論を、西洋から隔離されていた日本で発見していたのです。

1947年にラムシフトについての記事を米国の一般週刊誌で知った日本の物理学者たちは、朝永理論(超多時間理論、のちに繰り込み理論に発展)の正しさを示す実験結果に興奮しました。そして世界にこの業績を知らしめるために彼らの論文を英訳し、オッペンハイマーに送りました。ダイソンもその論文のコピーを読み、とても驚き、興奮したようです。(実際このビデオ以外でも彼の著書の中でこの驚きを書いています)

ダイソンはその論文集(黄ばんだわら半紙に印刷されたProgress of Theoretical Physics)を手にして、非常に驚きました。そしてその直後、朝永、シュウィンガー、ファインマンの理論が同等であることを解説した論文を発表しています。論文のタイトルにある3名の名前の先頭は朝永博士です。

ちょうどそのころ朝永博士は東京文理科大学(現、筑波大学)の教授で、物理学を教えていました。ある授業の最終日に少年物理学者たちが大きな業績をあげたときの年齢と、中年以降に業績を上げた数少ない例を黒板に書き、

君たちはこの年齢に近い。がんばりなさい。私はこちらの年齢にちかい。だからがんばる。

あの興奮は

先日知人にある漫画家Yさんを紹介されました。寿司屋で3時間楽しく話をさせていただきました。そのときにWalkmanが話題になり、Yさんがいうのです。

実家に帰るため新幹線に乗り、はじめてWalkmanで「矢沢」を聞いた時のことが忘れられない。あの素晴らしい音、そして新幹線の中で聞くという、あの喜び」

最近、Waffle Cellがどうあるべきか、という「小論文」を技術顧問がまとめてくれました。そこにもWalkmanが登場します。そこにはこんなことが書かれています。

ニーズに応えて商品を出すのではなく、商品を出すことで消費者が新しいニーズに気がつく

今ではそのニーズが当たり前ですが、新幹線ではじめて「矢沢」を聞いたYさんも新しいニーズに気がついたのでしょうか。

※ WalkmanはSony社内では「録音ができないテープレコーダーがあるか!」と創業者以外が商品化に大反対だったそうです。彼らは未知のニーズに気が付かなかったのでしょうか。